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麻酔

昨年の冬あたりから 右手の中指の
ちょうどペンだこができるあたりの
ちょっと下 内側に なにやら
いたくないけど 異物ができて
最近では直径五ミリ高さ2.3ミリに育って
雑巾を絞ったり 髪留めの輪ゴムを使うときなどに
その異物がひっかかるようになってしまった
なんだかいらいらして このままほおっておけば
大きくなることは この半年の流れで目に見えることだから
思い切って 切ってしまうことにした

小さい地元の外科に行って「きってください」と頼んだ
水いぼかななにかな?と先生も首をかしげていた
「こういうのって皮膚がんのはじまりだよ」と
友人にいわれた話をしたら 先生はあきれていた

麻酔をしないでやりますか とからかわれた
私は 痛みに弱いので 倍量でお願いしますと頼んだ
実際 なかなか効かないで 先生に
「あなた 麻酔を信じてないですか」といわれた
それでもなんだか 一応中指がしびれてきて
10分くらいで切開 二針縫合をしてもらった
麻酔が多すぎたのか だいぶたっても指先がしびれていた

今朝消毒のために 傷口を見てみると 
なんか 異物の一部が残っている感じがする
いやな予感・・・・

まぁ なるようになれ・・・ 抜糸は今度
ん? 糸は溶ける素材じゃなかったのかぁ・・・
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by runjiro | 2006-07-30 08:36 | 日々思うこと  

うれしかったこと

とてもかたくなな態度を崩さなかったSさんが
先週あたりから すこしお話などをするようになった
依然として 排泄介助はかたくなに拒否されるけれど
すこし笑顔も交えての一言二言の会話でも 私にはうれしかった

グループホームの第二回スタッフ会議に参加した
時給740円は そこそこうれしい 苦笑
こちらとかかわり始めて二ヶ月になる
引継ぎの時に顔をあわせるだけだけれど
ほかの登録職員(ここではヘルパーといわずにこう呼ぶ)さんと
すこしずつ気心がしれてきて うれしい
娘ほどの年の二人だけれど ほんとうにしっかりしている
彼女たちは夜勤をしていて その大変さを想像出来るので
ほんとうにえらいなぁと感じ入ってしまう

RUNJIROさんも夜勤宿直しませんか みたいに言われたけれど
私にはとうていできそうにないので お断りした
一緒にホームのお手伝をはじめた先輩ヘルパーは 来月から宿直に入る
彼女はお子さんがもう結婚されて またご主人を亡くされていて
日々は一人暮らしなので 宿直を引き受けることに決めたようだった
私は 自分の技量のなさに加えて 家の用事の多さを考えると
やはりまだ 宿直は無理だと思った
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by runjiro | 2006-07-28 14:02 | ヘルパーのお仕事  

新しいパソコンが来た

家族用のデスクトップがきた
一体型とかいうもので 画面の周りがじつにさっぱりした
キーボードもマウスもコードがない
テレビも見られるみたいだけれど 
今の状況だとあまり利用価値がないのでつながないだろう

プリンターは 息子が年末にヨドバシで売っていたものを求めた
おそらく すでに旧バージョンだから すごく安く買えた
スキャナーもついている コピーもできる

使い方とか「君がいるから心強いよ」と言ったら
「僕は売ることはできても 使うことはできないよ」といった
彼は 器械があまり好きじゃないみたいだ
でもまぁ なんとか 説明書片手に使い方を探って行こう

プリンタが新しくなって スカジーとかいう機能を使うスキャナーにさよならした
子供のころの分解癖がむくむくとわきあがって スキャナーを分解してみた
再度組み立てなくていいから 安心して分解できる

内部の部品は小さくて整然としていてきれいだった
スキャンする部分に鏡のようなガラスのようなものがあったが
そこのビスだけが 硬くてどうしてもはずれなかった

小さい部品は 人間の臓物みたいに
みんないろいろな線でつながっていた

長い間 ありがとう
いろんなものをスキャンしてはパソコンに取り込んで
HPを作ったりできた 楽しかった


あと KIRIくん作成のパソコン
本当に長い間ありがとう 余計なソフトかなくてシンプルで使いやすかった
ただ トラブルに対応できる私たちではなかったので それが残念だった
このパソコンは 海道さんのところで第二の人生を送る
もっと 大事にしてもらってください

ありがとう 機械たち


・・・・ さて MYパソコン どうるすかなぁ~~~
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by runjiro | 2006-07-22 21:01 | 日々思うこと  

疲れる

最近 疲れが抜けない

あれこれ自分でやることを増やしてしまうのだから
すべて自業自得なのだけれど 
とにかく すごく疲れている自分がいるのに気づくと
それでまた どっと疲れる

あれとこれをやめれば ここをもっと充実させられるかとか
でも あれとこれがあるから ここを乗り切れているとか
また あれこれ考えてしまう自分にも また疲れる

夜寝て 朝起きた時
あぁ また今日が始まってしまうと感じる
気分が一新されていないのが 重たい

そんな時 なんのくったくもなく
にゃぁと擦り寄ってくるニコラスがいとしい
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by runjiro | 2006-07-18 12:09 | 日々思うこと  

書こうか迷うが・・・・

やっぱり書いてみようと思う

今 関わっている二ヶ月の知的障害者対象のグループホーム
さまざまな問題を含んでいることに気づいている

非常に密室的な場所となってしまいかねないこと
入居者さんの障害の度合いを 互いがどこまで許容しあえるかということ
生まれるさまざまな問題をどう 周りが対処していくかということ

躾なのか いじめなのか
それを見ている周りの入居者さんの目には
そういった扱いはどう写るのか・・

あれこれ考えすぎると前には進めないから
ある程度の見切り発車は必要だと思う

彼らはとても純粋できれいだと思う
でも それだけでは人は生きていけなくて
「社会」にあわせていくのに回りも本人も
大変な労力を使わなければいけない

ホームの責任者の人に誘われて
入居者さん三人の外食のお供をした
ホームの中では普通になってしまっていることが
一歩外に出ただけで 普通でなくなる
共同生活をできる程度の障害であってもそうなのだから
もっと重度であったら大変だと思う

一緒に簡単なジグゾウパズルをやっても
彼らの能力のありようが見えて 興味深い

トイレの使い方のうまくない人もいるし
食事のマナーのない人もいる

でも みんなすごくやさしく 純粋できれいだ

疲れるけど ・・・うん 楽しくもある
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by runjiro | 2006-07-18 12:05 | ヘルパーのお仕事  

行く道をながめてみる

今は 週一時間の家事援助を二件 通院介護を一月に一件
ヘルパーのお仕事としてやらせてもらっている
一人暮らしのHさんと通院のお手伝いをするHAさんは
相変わらず それなりにお元気そうであるが
退院なさってお手伝いが再スタートしたSさんは
かなり生活のレベルなどが落ちられたように感じる
まず ご飯に関してはお手伝いがなくなった
管理食ということでカロリーコントロールの
宅配の食事を取られることになったのだ
夕方に入るヘルパーさんは 夕食を作るようだが
その時も刻み食にするようで 
作る側食べる側 どちらも大変だろうなと推測する
私は 居住空間の掃除をさせていただいて
その後に ご本人の希望に応じて 排泄介助をささえていただく
排泄介助といってもトイレまでお連れするだけが精一杯である
まだご本人の気持ちがしっかりされていて
恥ずかしさや ご自身へのいきどおりやいらだちをお持ちで
なかなかに 私の手を拒む態度が強く現れるのである
ご家族からは 本人が拒んでもリハパンの交換をするように要請がでている
だが かなりの頑固さをお持ちのおばあちゃまなので うまくいかない
トイレまでお連れするのが 私のできるやっとのお手伝いである
月並みな教科書の「信頼関係の上に成り立つ介護」という言葉を実感している
私は まだまだSさんの心に受け入れられている存在ではないのだなと思う



すこしずつ 目の前のお年よりの体の機能は低下していく
外のお年寄りのみならず 実母しかり 義父しかりである
そして 自分自身だって体に感じるさまざまな
「昔はこんなはずじゃなかった」という思いを抱いて暮らしている

間違いなく 老いは誰にでも来るのだ
ひたすら 歩ける老後 食べられる老後
そして「長引かない死への床」を願ってはやまない私なのである

ぽっくり死にたい
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by runjiro | 2006-07-15 12:26 | ヘルパーのお仕事  

はぁっ

なかなか体重が減らない
減らないというか 増える・・・
ついつい 口の中に何かをほおりこんでしまう
なんだかそれには罪悪感が伴うのだけれど
でも 食べないでいるともっといろんな罪悪感につぶされそうで
目を瞑っておもいっきり口の中に 食べ物を入れてみる
一瞬の間だけ 何かが満たされるのだけれど
本当にそれは一瞬のことで・・
それはまるで 公園の砂場に掘った穴にお水を流し込んでも
全部しみこんでいつまでたっても水はあふれないような
そんな感じで 私の心はおなか一杯になることはない

心はおなか一杯にならなくても
体のほうはすっかり ぱんぱんになっていってしまう

こまったものだ
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by runjiro | 2006-07-14 11:33 | 過食日記 ver.2  

悲喜こもごも

お母様が重篤な病気の末期になってしまった友人を励ますために
昨日 仲間たちで 横浜まで出かけたのに
肝心のその友人がこれなくなってしまった
お母様がやはり急遽入院なさってしまったのだ

私の仏像の師匠のご主人も 闘病の後 今月はじめに亡くなられた

連絡が取れなくて心配で 倉吉に住んでいる知り合いを尋ねた
元気だった ・・・・連絡が取れなかった理由は 
私が以前に住んでいたところに電話をかけていたためだった

久しぶりに会った 知り合いのお子さんたちは
すっかり大きくなっていて
私はまるでおばあちゃんの心境で 彼らの成長を喜んでいた


そんなこんなの 私の日常生活だ
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by runjiro | 2006-07-08 18:33 | 日々思うこと